【宮沢賢治】著書紹介(あらすじ・感想・評価)

小説

著者:宮沢賢治の紹介と代表作品

1896年8月27日、岩手県稗貫郡里川口村(現・花巻市)生まれ。
死没:1933年9月21日(37歳没)

仏教(法華経)信仰と農民生活に根ざした創作を行った。
作品中に登場する架空の理想郷に、郷里の岩手県をモチーフとしてイーハトーブと名付けたことで知られる。
彼の作品は生前ほとんど一般には知られず無名に近く、没後、草野心平らの尽力により作品群が広く知られ、世評が急速に高まり国民的作家となっていった。

1924年4月20日 – 詩集『春と修羅』を自費出版。
1924年12月1日 -『注文の多い料理店』を刊行。
1931年11月 – 手帳に『雨ニモマケズ』を書く。
1934年 – 『風の又三郎』を刊行。

『銀河鉄道の夜』は、作者の死により未定稿のまま遺されたこと、多くの造語が使われていることなどもあって、いまだに研究家の間でも様々な解釈が行われている。

 

銀河鉄道の夜

発行日:初稿は1924年ごろ。1933年の賢治の死後、草稿の形で遺された。

作者の死により未定稿のまま遺されたこと、多くの造語が使われていることなどもあって、研究家の間でも様々な解釈が行われている。この作品から生まれた派生作品は数多く、これまで数度にわたり映画化やアニメーション化、演劇化された他、プラネタリウム番組が作られている。~Wikipediaより

あらすじ(裏表紙より抜粋させていただきました)
 
 孤独な少年ジョバンニが、友人カムパネルラと銀河鉄道の旅をする物語で、宮沢賢治童話の代表作のひとつとされている。~Wikipediaより
 
銀河鉄道の夜:ひとこと感想(2020年9月6日読了)

普通に読むと、日常使われない表現や、SFっぽい抽象的な表現が多く挫折しそうになりますので、少し要点をまとめました。

 

内容はかなり『ネタバレ』がありますので、ご注意ください。

 

【銀河鉄道に乗るタイミング】 

 溺れたザネリを助けるが、カムパネルラは助からなかった。

 数十分後、カムパネルラは、南十字までの片道キップを手に銀河鉄道に乗り、

ジョバンニは、親友を見送るため丘の上の「銀河ステーション」で銀河鉄道に乗り、カムパネルラと対面する。

 

【キップ】 

 カムパネルラは『通常のキップ』で、『墓場のある南十字までのキップ』だった。一方、ジョバンニが持っていたのは『特別なキップ』で、『死者を見送るためのキップ』であった。

 

【銀河鉄道とは】

 途中乗車した、青年と姉弟の話し(タイタニック号沈没)を聞き、ジョバンニはこの列車は『死者を乗せる列車』だと悟る。そして、南十字駅はこの死者たちの終着駅で墓場であると。

 だから、南十字駅を超えてもカムパネルラが眼前に座っていることは、ジョバンニにとって大きな心の拠り所であったが、しばらくして天の川にある暗黒星雲に近づいたとき、ついにカムパネルラの姿は消えてしまう。

 

 

【感想】

 初読後は、中盤の抽象的な表現がイメージできず、それを引きずり中途半端に読了してしまった。ただ、いくつか分かったことがあった。カムパネルラは死んだ。そして『死んでから、銀河鉄道へ乗った』ということ。

 

 これを踏まえて再読すると、銀河鉄道での煌びやかな美しい経験はカムパネルラの『走馬灯』であり、ジョバンニの持っていた『乗車券』は、カムパネルラから渡されたものだということ。

 そう、ジョバンニは銀河鉄道へ乗ったのではなく、カムパネルラから『招待された』のだった。

 

 ものすごく怖い。旋律する。

 

 

評価:10/10点

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