著者:吉田修一の紹介と代表作品
1968年9月14日、長崎県長崎市生まれ。
法政大学経営学部卒業。
大学卒業後、スイミングスクールのインストラクターのアルバイトなどを経験。
1997年「最後の息子」文學界新人賞。
2002年『パレード』山本周五郎賞。同年「パーク・ライフ」芥川賞。
2007年『悪人』毎日出版文化賞と大佛次郎賞。
2010年『横道世之介』柴田錬三郎賞。
2019年『国宝』芸術選奨文部科学大臣賞と第14回中央公論文芸賞。
悪人(上下)
発行日:2002年7月 / 発行元:講談社
九州地方に珍しく雪が降った夜、土木作業員の清水祐一は、携帯サイトで知り合った女性を殺害してしまう。母親に捨てられ、幼くして祖父母に引き取られた。ヘルス嬢を真剣に好きになり、祖父母の手伝いに明け暮れる日々。そんな彼を殺人に走らせたものとは、一体何か・・・(上巻より)馬込光代は双子の妹と佐賀市内のアパートに住んでいた。携帯サイトで出会った清水祐一と男女の関係になり、殺人を告白される。彼女は自首しようとする祐一を止め、一緒にいたいと強く願う。光代を駆り立てるものは何か?毎日出版文化賞と大佛次郎賞受賞した傑作長編。(下巻より)

【ネタバレがあります】
上巻265ページ、下巻275ページといえば、かなりのボリュームと感じるが、朝日文庫では列間も広くとってあり、とても読みやすい。また、物語の展開するテンポが非常に良い。
以下、物語のポイントをあげる。
- 誰が佳乃を殺したのか?
- なぜ増尾は、何日間も逃げ回っているのか?
- 佳乃を峠に置き去りにした理由は?
- その後、どのようにして佳乃は殺されたのか?
- 娘を殺された佳男は復讐を果せるのか?
- 祐一と光代の関係の結末は?
ひとつ真相が解明されては、次なる真相が現われる。
しかし、一番根深い真相だけは最後まで明かされない。
この『一番根深い真相』とは何か?
それは、『祐一』ではないだろうか。
物語の最後まで、祐一は本心をさらけ出さず、『不確かな存在』であり続ける。あたかも暗いヴェールで覆い隠すかのように。
しかし、隠されれば見たくなるのが読者心理。この『怖いもの見たさ』という心理をうまく使い、最後まで緊張感を持たせている。
【感想】
なぜだろう。この作品は、一言で感想をまとめることが難しい。
タイトルである『悪人』に固執して、それを探そうとすると無理やりに祐一を悪人に仕立ててしまう。それが正しいのだろうか?
あく‐にん【悪人】
心のよくない人。悪事を働く人。悪漢。⇔善人。
物語の発端となった佳乃殺しを考えてみる。
確かに殺しは良くないが、祐一の行動は『悪人の仕業』か?と聞かれれば、「そうともいえない」となる。佳乃殺しに関しては、増尾の方が『悪人』ともいえる。また、殺されはしたが、祐一に残酷な仕打ちをした佳乃すらも『悪人』ともいえる。
さらに、光代との逃避行での終幕部分。パトカーに追い詰められ、光代の首を絞めるが、それは祐一の『やさしさ』だったのではないか。偽の光代殺人未遂で、光代の世間体は守られた。祐一が『悪人となり、光代を守った』のだ。
もう一度タイトルの『悪人』という文字を見つめ直すと、誰しも悪人の要素を持っており、悪人になり得ると気づく。(それだけ『悪人』の定義が曖昧だとも言えるが)
- 佳乃の残酷なまでに祐一の心を踏みにじる言動は、悪人ともいえる。
- 増尾が行った、佳乃に対する峠での仕打ちは、悪人の仕業そのものである。
- 佳男の増尾に対する復讐が実現していたら、悪人となっていた。
- 光代は、殺人鬼と共に逃避行することで、世間から悪人とみられていた。
- 祐一は、光代を守るため悪人になった。
余談だが、筆者が九州長崎出身ということで、舞台設定も方言もリアルに描かれている。物語はクールだが、九州弁での会話にほっこりさせられた。
また、グーグルマップで国道263号から三瀬峠をながめると、高速トンネル分岐から峠へ上ったあたりは、全く民家も店もないのがわかる。冬の真夜中、ここに蹴落とされた佳乃は『死』を意識しただろう。どれだけ憎らしい人が迎えに来たとしても、この状況下では「助かった」と思うはず。佳乃のあの態度は腑に落ちない。
評価:7/10点
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